腐川軟禁-待降節を過ごす密やかな25の話-
クリスマスまでの毎日を少し退廃的に過ごす十神と腐川の二十五日間。 ショートストーリーを一日一本公開予定です。
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誰かのナイチンゲール
「え?何を」
「何度も言わせるな。腐川」
一日に一度、手を変え品を変え十神は腐川を学園のどこかに連れ回す。それは気まぐれのようでいて、行き先にはちゃんと目的が周到に用意されているのだ。
厨房に入り、十神は密かに保存してあったドライフルーツの広口瓶を取り出した。何日か前に洋酒に漬けておいたものだ。その瓶詰めは腐川の監禁を始める前から用意してあったものだ。十神は一人でも家のクリスマスの習慣を今年も繰り返すつもりだった。
「持ってろ」
十神は上着を脱いで腐川に投げて寄越した。腐川は驚いて受け止める。ポケットに懐中時計が入っているのを知っているから、迂闊に落とすわけにはいかない。ワイシャツ姿になった十神は腕まくりをし、粉だのイーストだの、材料を揃え始めた。
腐川は執筆の合間に与えられる食事が、十神の手によるものだと認識しながらもそれをイメージ出来ないでいた。身の回りのことなど指一本で命じれば用意されるような御曹司が、どんな顔で二人分の食事を作っているのか分からなかった。彼はそのポーカーフェイスを変えることなく手際よく作業していた。
強力粉にイースト、卵にバターを使ったこね粉を仕込み、ドライフルーツを混ぜ込んでふいに言った。
「腐川。コーヒーを淹れろ」
「は、はいっ」
イーストを混ぜたところを見ると、パン生地のようであった。発酵時間に十神はコーヒーブレイクを求めたのだ。
「シュトーレンだ。ドイツではクリスマスまでの期間、いわゆるアドベント(待降節)に、これを少しずつ食する。」
悠然とコーヒーを飲みながら解説をする。
「白夜様のお家でも毎年これを?」
「ああ。母が必ず用意していた。」
「ドイツにいらっしゃったのですか?」
確かに十神のある種勤勉で頑固な気質はドイツ的であると腐川は考えた。金髪碧眼の血の源は東欧なのか。
「俺が直接関わりがある訳ではない。偶さか俺が生まれた夜に父は白夜を見たそうだ。北欧にでも出向いていたんだろう。」
コーヒーを飲む内一次発酵は終わり、十神はまた作業に戻った。熱心に生地をこねながら、語った。
「今や俺の記憶は十神の数々の伝統を継承する唯一の手段だ。たまにアウトプットをしないと錆び付いてしまうからな。とはいえ、他に優先するべき事項は山程ある。代わりにお前が覚えれば、俺も楽が出来るという訳だ。どうだ?」
突然言葉を切って顔を上げ、質問を腐川にぶつけた。それは、読み方を変えれば意味深な言葉であった。
「え?あ、あ、あたし!?む、無理です!」
腐川は案の定、求愛でもされたかの如く狼狽えた。
「記憶力は良い方だし、頭も悪くないだろう。そうだな、十神家の伝統料理か、それとも秘伝の拷問の方法、政敵の排斥法、どれが良いんだ?」
腐川はのどの奥でひぃっと悲鳴を上げ、半泣きで答えた。
「お、お、お料理でお願いします……」
暢気な口調でさらりと恐ろしいメニューを並べ立てるあたり、十神の言葉に他意は無いのだと腐川は悟った。この男は、自分を只の外部記憶装置だと考えている。
「な、なんであたしなんですか……あたしなんか……」
一通り十神の手順を観察して後、腐川はおどおどしながら訊いた。
「Was dem einen seine Eule, ist dem anderen sein Nachtigall.」
十神は最終発酵を終えた生地をオーブンに放り込みながら、流麗な発音で短い一節を唱えた。
「?」
「ある人のフクロウは誰かのナイチンゲール。……ドイツの諺だ。」
ぱたん、と温まったオーブンの扉を閉めて十神は向き直る。
「意味は、蓼食う虫も好きずき、だ。そのうちお前をナイチンゲールに例える奴も一人くらい見つかるかもしれん。」
また意味深なことを言う。腐川は十神の真意が分からない。
「だから、自分を卑下する言葉は二度と吐くな。分かったか」
与えられた命令に腐川は慌てて頷いた。
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