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腐川軟禁-待降節を過ごす密やかな25の話-

クリスマスまでの毎日を少し退廃的に過ごす十神と腐川の二十五日間。 ショートストーリーを一日一本公開予定です。

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腐川軟禁?

 十神白夜が腐川冬子を軟禁したらしい……という噂が寄宿舎の廊下で、朝の食堂で、さざ波のように広がった。

「まさか、そんなことが」
「これは、事件の匂いがすると僕のゴーストが囁くのです!」
 

 故あって――或る絶望的かつ希望的な理由があって、ここ、私立希望ヶ峰学園では十六人の高校生が共同生活を送っている。外には出られないし、部外者はそこに立ち入ることも出来ない。只一人の監督者である学園長を除き、同世代の若者達だけであった。高校生といっても普通の学生ではなく、超高校級の天才達の集団である。彼らは荒廃した世界に生きる者達にとって、パンドラの箱に残された最後の希望だった。

 数ヶ月か数年か、或いは数十年、一生涯をそこで暮らすことになるかもしれない運命を、彼らは選択した。その特殊環境下ではメンタルケアにことのほか配慮がなされていた。日々の暮らしには不自由しないとはいえ、緩やかな禁固生活である。長い時間をそこで過ごすことは、ある種宇宙飛行士のように強靱な神経を必要とされた。

 だから、そのエキセントリックな噂は波紋を呼ぶ。
「十神の奴!腐川ちゃんを閉じ込めてナニするつもり!?野獣大臣だねッ!いや、野獣大将軍?野獣皇帝じゃん!」
 朝日奈葵が健康的なトレードマークのポニーテールを振りたてて叫ぶ。
「ま、まあ、只の噂…誤解かもしれないし、ね?」
 苗木誠がそれを宥める。

 ではその噂は本当だったのか。
 答えは図書館の奥、秘密の書庫にあった。

 十神白夜はシェルター生活スタートにあたりその書庫に、自宅の重要な書物を山ほど持ち込んでいた。凄惨な未解決事件のファイル、歴史上の重要人物の死の真相、世界中のありとあらゆる暗部を収蒐した特殊な書斎が、そこに誕生していた。
 私物化された書庫の中央に小さな机が置いてある。机に向かうのは書斎の主ではない少女。古ぼけた電気スタンドだけが机上を、書き物をする少女の手元を照らす。カリカリと万年筆で紙を引っかく音だけが響く。少女は書庫に只一人籠もって、原稿用紙にひたすらに文章を綴っている。日中ずっと書き続けて、章の結びの文章に至り句点を打って万年筆を置いた。
 ほう、と一息ついて椅子の背に体を預けた。そうして書き上げた原稿の束を確認し、千枚通しで穴を開けて柔らかい和紙のこよりで綴じる。
 ふらつく足どりで書庫の扉を開け、図書室の書架に囲まれた閲覧席に向かった。
「出来ました。」
 閲覧席には一人の男が居て、黒いカバーの文庫本を読んでいる。男は顔を上げて軽く頷いた。

 男の名は、十神白夜。
 世界を統べる十神財閥の跡取りにして唯一の生き残り。絶望事件がきっかけとなり現在十神財閥は壊滅状態にあった。それは、巨大なダムが蟻の穴から決壊するような滅びの道だった。
 否、正確にはまだ滅んではいなかった。親族全員の死が確定しようとも、十神白夜が生きている限り十神財閥は死なぬ。彼の双肩には十神家を再興し、荒れた世を良き方向に導くという使命が重くのし掛かる。彼は絶望してはいなかった。いずれ優秀な血族を増やしその目的を達成するべく、虎視眈々と学園で雌伏の時を過ごしていた。    

「見せてみろ」
「は、はい…お好みにあいますか、どうか…」
「くだらん御託はいい。俺が決めることだ。」
 十神の口から発せられる言葉の殆どは命令形である。そうでない時は皮肉たっぷりの毒舌で感想を述べる。特にこのおどおどしたお下げ髪の少女に対してのみ、その傾向は顕著であった。

 少女の名は、腐川冬子という。若くして文壇にデビューし、恋愛小説を続々と上梓するベストセラー作家である。若い女性から支持される恋愛小説といえども確かな筆致で綴られる文章は、純文学に分類して差し支えないものだった。
 腐川は手持ち無沙汰を紛らわすため、もじもじと胸の前で両の指をすり合わせた。極端に人付き合いが苦手で、常に何かの影に怯えている。その卑屈な態度さえ無ければ、顔立ちも可愛らしい、色白の美少女だった。それを本人に教えてやる者も無く、少女はいつも思春期の心の歪みを抱えたままおどおど生きていた。

 十神は腐川の差し出す原稿用紙の綴りを受け取り、ちらりと腐川の顔を見てから一心不乱に読み始めた。腐川はそれを確かめると、ほっとした顔でのろのろコーヒーを淹れ始めた。そのような機会は初めてではなく、腐川は十神の好むコーヒーの豆、ブレンドの比率、ゆっくりとしたドリップの段取りもすっかり覚えてしまっていた。

 十神の机に静かにコーヒーカップを置くと、腐川は立ったままその傍に控えた。従者、というより崇拝者という方が似つかわしいのだろう。腐川が十神に恋をしていることは誰の目にも明らかだった。十神はそれを知ってか知らずか黙々と読み続けている。
 当代一流の作家の新作を、誰よりも早く独り占めして読む。その贅沢を享受する十神は、図書室という小さな王国のまぎれなく王であった。

 いつのまにか腐川は小さな銘々皿に焼き菓子を用意していて、それをコーヒーカップの脇に添えた。
「これは?」
「ジンジャークッキーです。も、もうすぐクリスマスなので、焼いてみました。」
「随分不揃いだな。これをハート型と言うには難がある。」
 十神の辛口は日常茶飯事で、会話のアクセサリーのようなものだった。中でも一番形の歪んだハートを口に放り込むと、
「味は、悪くない。」
 そう言ってまた読書に没頭した。腐川が書いた小説の束は見る見る頁を繰られ、最後の一枚に達し十神はやっと顔を上げた。

「続きはいつ書く?」
「今夜にでもまた。明日……またこの位の時間にはお見せできます。」
「主人公は、些か自意識が強すぎる。これでは重要な事柄も見落としてしまうだろうな。」
「さあ、それは。」
「まあいい、好きにしろ。」
 十神は意外にもジンジャークッキーが口に合ったらしく歪なハートをもう一つ手に取った。
「幼少の頃読んだ本に出て来たな。赤毛のおさげ髪の女が、突拍子もない行動をとる」
 それを聞いた腐川は驚いた顔で答えた。
「……リンドグレーンの、『長くつしたのピッピ』ですね!ああ、そのつもりで焼いたんです。……白夜様がああいう本をお読みだったなんて」
 勝手に捲し立てた後出過ぎた行動にはっと気付き、顔を紅くして目を伏せた。
「あんな風に、成りたかったのかも、しれません。」
 十神は、その物語の主人公と対照的な目の前の大人しいおさげ髪の少女をちら、と見ると
「くだらん。物語の主人公に己を重ねるなど愚か者のすることだ。」
 きつい言葉を口にした後、にやり、と口の端を上げて嗤った。その笑みには、仕方のない奴だ、という憐憫とも慈愛ともつかない感情が幽かに見え隠れしていた。

 それを軟禁と呼ぶならば、その通りかもしれなかった。
 しかし、その二人の密やかな時間は何者にも侵し難いものであった。

 学園に籠って過ごす初めてのクリスマスまで、あと二十四日――

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ダンガンロンパ二次創作をかいています。主に十腐(ジェノ)固定。拍手コメントの返信は、ブログ『ぺね屋絶望ホテル』からいたします。

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