腐川軟禁-待降節を過ごす密やかな25の話-
クリスマスまでの毎日を少し退廃的に過ごす十神と腐川の二十五日間。 ショートストーリーを一日一本公開予定です。
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二人で朝食を
十神は腐川の筆の向くままに書きあがった著作を読み耽る。
そこには与える者と与えられる者の関係があるのみであり、何ら強要や拘束があるわけではない。まして、人嫌いの二人がクラスメートからあらぬ噂を立てられているなど、思いも寄らぬことだった。
夜も更けて、腐川冬子は胸に筆記用具を抱え、寄宿舎の自室を抜け希望ヶ峰学園の校舎へ向かった。校舎へと向かうホールに明かりが射している。食堂に誰か居るらしかった。特に用もないので腐川は無視をして通り過ぎると、後ろから頓狂な声がした。
「あれぇ、腐川ちゃん何してんの!こんな時間に!」
「あああ?あ、朝日奈!」
腐川は声の主が誰か見当がついたものの、取り乱して筆記用具をバラバラと取り落とした。
「あ、ゴメンゴメン驚かせちゃって!」
朝日奈葵は深夜にも関わらず大きな声で腐川に駆け寄り足下のペンや付箋を拾うのを手伝った。
「で?何してんの?」
「ど、どうでもいいじゃない……アンタこそ何してるのよ」
「えへへー!どうしてもお腹すいちゃってねぇぇ。こういう時は、やっぱドーナツだよね?」
深夜二時にもなろうというのに、超高校級のスイマーであるこの少女はドーナツに執着していた。おそらく厳しいトレーニングを耐えてきたであろうその肢体とはアンバランスな思考だった。
「フン、それは良かったわね……じゃ、じゃああたしは行くから!」
「どこ行くの?」
「どこだっていいじゃない!あたしの勝手でしょ」
「あ、なぁんだ。やっぱ噂はデマだったんだね!」
「……何なのよ」
腐川は朝日奈に背を向け立ち去ろうとしていたが、不振そうな顔で振り向いた。
「へ?……いいのかな?言っちゃって」
「だ、だから何だって言うのよ?さ、さっさと言いなさいよ」
朝日奈は屈託無い顔で答えた。
「十神が、腐川ちゃんを軟禁してるっていう、ウワサ。あっ!ウワサだよ、只の!だって腐川ちゃん、今目の前に居るもんね」
「な、何バカなこと言ってんのよ!そ、そんなことあるわけないじゃない!じゃ、じゃあ、あたしは行くから!」
そして腐川は薄暗い校舎へ続く廊下を小走りに走り去った。朝日奈に負けず劣らず、俊足の少女である。腐川の姿は朝日奈の居たホールから、あっと言う間に見えなくなった。腐川はそのまま校舎の奥の階段を駆け上がり、図書室のドアを開けて奥の小部屋に飛び込んで、一息ついた。
腐川には、その噂の意味が分からない。十神に求められ、小説を書いている。こうして寝る間も惜しんで書き続けている。今だって、部屋で一人で過ごしていたら何気なく続きの場面が天啓のように降りてきたから、走ってきたのだ。
それまでの腐川は、澱のように溜まった誰かへの想いを吐き出すように書き散らしていた。その残滓のようなものがどう言うわけか評価をされた。今は違う。大切な想い人が読みたいと求める。その無上の歓びをを大切に噛みしめて書いている。それで多少睡眠が削れることなど大したことではない。日がな一日図書室の小部屋に籠もって書き続けることなど、何の苦痛にもならない。十神白夜は、何ひとつ強要しないではないか。
そして腐川は、秘密の書斎の机に向かう。小さな電灯を頼りに万年筆を走らせる。夜が更けて、外界では白んだ空に明けの明星が光る。全ての窓を塞ぎ、強固なシェルターと化したこの学園には朝の光が射し込むことはない。それでも一心不乱に書き続けた腐川の手から万年筆が離れ、いつしか机に突っ伏して眠りに落ちていた。
学園には、朝は来ない。
来ないはずなのに、まどろみの中腐川は朝の気配を感じていた。それは、淹れたてのコーヒーの香り。バターの香り。食器を置く微かな音。
「……?」
「いい加減目を覚ませ。一晩中書いて、こんな所で寝る奴があるか」
よく通る低い声が、机に向かって寝ていた腐川の耳に飛び込む。はっと腐川は跳ね起きた。声の主は確かめなくても分かっている。その人が、早朝に図書室で読書をする習慣があることも。
「……白夜様!!」
気がつくと、目の前の机の上に二人分の食器とコーヒーカップが置かれていた。十神白夜は、白いシャツにクロスタイを身につけ悠然とコーヒーを飲んでいる。いつものジャケットはどうしたのかしら、と首を傾げたら、肩にかかる重さに気が付いた。ジャケットは、彼女の肩に掛けられていた。
「あ、あたし!あたしったら!申し訳ありません!」
「いいから、食べておけ」
十神は目の前の机を指さした。コーヒーはいつものブレンド。皿の上には、薄切りのライ麦パンにバターがひとかけら。その脇に缶詰のオイルサーディン。いかにも男性が適当に用意した、無骨な朝食に腐川は笑みが漏れた。
「いただきます。」
腐川は照れ笑いをしながらコーヒーカップを両手で持ちゆっくりと飲んだ。これではまるで、無人島に漂流した物語の主人公のような食事ではないか。ある種、漂流ともいえる外界と遮断された状況に、その朝食は少し似つかわしかった。
二人で朝食を取ることは楽しくも、どこか歪で、密やかであった。恋人同士でも何でもない二人が朝食を共にしていることは、クラスの誰かに知られるわけにはいかない。
腐川はいつまでもこの関係が続けば良いのに、という想いをカップの底のコーヒーと共に飲み込んだ。
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