腐川軟禁-待降節を過ごす密やかな25の話-
クリスマスまでの毎日を少し退廃的に過ごす十神と腐川の二十五日間。 ショートストーリーを一日一本公開予定です。
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続・花見に
「また、ア、アイツが出て来たら……あたし……」
「昨日は何もしていないと言っただろう。」
腐川冬子は、まだ第二の人格の出現に怯えている。あれからもう一日経とうというのに、思い返しては執筆の手が止まる。
十神は昨日一日ジェノサイダー翔の相手をしていた。腐川の小説の続きが気になるのに一日お預けを食っている。それなのに肝心の腐川は不安定なまま気もそぞろで、ずっと泣きそうな顔をしている。
十神は少し席を外すと、昼食を調達して戻ってきた。バスケットを一つと魔法瓶を携えているだけだったから、腐川はまたどこかに出かけるのかと見当をつけた。
「白夜様どちらへ……?」
「花見だ。」
花見なら一昨日武道場でしたではないかと思ったが、相手は返事も待たず歩き出すので腐川はまた小走りで追いかける。いつだって十神は長いコンパスで歩いているのに腐川は小走りになって少し後を行く。
五階の階段を上り、再び桜を眺めるのかと思いきや、十神は反対の扉へ向かう。そこは、多肉植物や熱帯植物、食虫植物の類が多種多様に植えられた植物園であった。植物園の中は熱帯の気候を再現しており、朝方にはスコールに
等しいスプリンクラーの雨が降る。昼下がりでも、湿気と熱気の入り交じった、むせ返るような濃い空気に包まれていた。
腐川はどうにもそこここに生えている肉厚の植物が好きになれず十神の背中の後ろに隠れて出来るだけそれらを視界に入れぬよう縮こまっている。
腐川は十神に促されるまま縁石に腰掛けた。十神もすぐ脇に腰を下ろした。腐川は恋人さながらの近距離に胸が高まったが、十神はまるで意に介していない。
バスケットが開かれる。サンドイッチが魔法のように出てくる。十神が用意したのは、アフタヌーンティーか洋画に出てきそうな小さな一口大のサンドイッチだった。
「あれがウツボカズラ。あれがラフレシア。世界最大級の花だ。モウセンゴケ、ハエトリソウ。あれがモノクマフラワーだ。あれに喰わせれば人だろうが動物だろうが骨も残らん。」
十神はサンドイッチを摘みながら愉しそうに解説をする。腐川はランチどころではない。悪趣味にも程がある、と思った。グロテスクな植物たちは、今にも動きそうではないか。
「な、な、何で?こ、こんな花がお好きなんですか……?」
「何だ。気分転換になるかと思ったが、その落ち着きのない態度は。ああ、その草は使い勝手が良いぞ。」
「薬草……か何かですか?」
「薬になるものは毒にもなるからな」
「あああ?え?えぇっ?」
「根のデンプン質に含まれる毒素を精製すれば、それは便利なモノになる。死因はほぼ心臓麻痺と診断されるそうだ……クククク」
十神の冗談とも本気ともつかない物騒な話題で、腐川の閉じていた心はますます千千に乱れる。加虐嗜好にも近い軽口で十神は腐川をなぶる。腐川は十神の言弾(コトダマ)に、マシンガンで撃たれる続けているような気分になる。
撃たれ続けて腐川は、そのうちふさぎ込んでいた気持ちなどどうでも良くなって、眉をハの字にして十神を見返した。
「もう、白夜様は、酷い。」
腐川の精一杯の抵抗の表情に、十神はクスリと笑い返した。
「いつもの顔色に戻ったな。只でさえ辛気くさい奴が落ち込むほど面倒なことは無い。」
「あ?あたし……」
「俺に手間をかけさせるな。」
「は、はい……」
腐川はぽかんとして間抜けな返事をするのが精一杯だった。
「で、でも、アイツが白夜様のお命を狙ったのでは……それなのに白夜様はこんなあたしを……その、
気にかけてくださるなんて……」
腐川は口ごもりながら言葉を続けた。
「そ、そ、そんなの、おかしいです。」
腐川の無意識に発する言葉は、十神の次の言葉を誘う。
「俺は死なん。……その可能性すら、無い。」
そう言って一瞬厳しい表情になった。例えそれが十神一流の虚勢であっても、今の腐川にはそれ以上に心強い言葉は無かった。この人の側にいれば、第二の人格が出て来ようが不幸な事件は起きない。そんな気持ちにさせてくれた。
「ああ、白夜様……こんなあたしをあ、はぁ、励まそうと……」
腐川は両手を胸元で組み合わせ恋する乙女の顔に成っている。
「……勘違いするな、腐川。お前に出来ることと言えば、物書きしか無いだろう。書かぬ物書きなど、生ゴミ同然だ。」
「は、いぃ……」
「解ったらさっさと図書室へ戻って小説の続きを書け。俺を何日待たせるつもりだ!?」
「はいぃッ!!」
腐川は叫ぶと同時に直立の姿勢になった。
ねっとりとした空気の植物園からそとに出ると、ひんやりした廊下の空気が腐川の頬を撫でた。
頬が、熱い。
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