腐川軟禁-待降節を過ごす密やかな25の話-
クリスマスまでの毎日を少し退廃的に過ごす十神と腐川の二十五日間。 ショートストーリーを一日一本公開予定です。
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小さな音楽会
監禁の目的は。腐川が推察したように、ジェノサイダー翔の監視の意味合いもゼロではなかった。それを盾にして監禁を強行しても構わなかった。自分の命を狙う殺人鬼である。
しかし十神は腐川の執筆活動を支援するパトロン状態にある。主従にも似た関係でありながら、腐川は十神に与える者でもある。今の十神は、日々供される推理小説の続きを読む誘惑に勝てなかった。
(そういえば、今日は日曜日だった)
十神は無神論者だしシェルター生活には安息日も何も無い。腐川の気分転換になるようなことは無いかと考えたところ、幼少の頃日曜日、母と過ごした時間を思い出した。十歳を越えて以降、十神家の後継者候補として多忙な日々を過ごしてきた。十神の安息の時間の記憶を遡ると、子供の頃まで戻ることになる。
「出掛けるぞ腐川」
十神は無遠慮に書斎のドアを開けた。腐川は熱心に万年筆を走らせていたが、顔を上げた。
「根を詰めるのは結構だが、倦んでは効率も落ちるだろう。一緒に来い。」
「ど、どちらに」
「黙ってついて来れば良い。」
答えも聞かず十神は踝を返して部屋を出ていった。腐川は小走りで後を追う。
監禁生活において腐川に選択の余地は無かった。終日図書室の書斎に籠もる。必要に迫られて図書室を出る時は、十神に理由と所要時間を告げる。十代の女子には耐えがたい苦痛であろうその状況を、腐川は自然に受け入れていた。裏人格出現への恐怖がそうさせたのか、十神への恋心故の行動なのか。腐川自身にも解らなかった。
向かった先は四階。希望ヶ峰学園の音楽室はちょっとしたホールになっていて、室内楽の演奏には十分な音響設備を備えていた。
「座れ。」
十神は座席の最前列を指し示した。自身は中央に置かれたグランドピアノに向かう。腐川にも聴き覚えのあるイントロダクションを奏でた。
「あ。モーツァルト」
ピアノの練習曲として有名な、ピアノソナタK.545である。十神のピアノは幼少の頃の嗜みの一つであった。読書習慣と同じく、音楽の素養も幼少時に下地が作られたのであろう。プロには及ばないが人前でそつ無く演奏するには十分の腕を持っていた。
楽章が終わると腐川は小さく拍手をした。
「あたしも以前弾きました。巧くなりたくてでも引けなくて」
十神は次々ピアノの練習用の小曲を披露する。ピアノソナタ、ソナチネにブルグミュラー。腐川も知っている可愛らしい練習曲が彼女を癒した。
音楽は上流階級の嗜みであるが、その選曲からおそらくピアノを習っていたのは十歳前後までと腐川は見当をつけた。いつか十神自身が語っていた通り、その後は後継者候補としての帝王学に全てを注力したのであろう。
難易度の高い曲に至っても指は能く動く。適度に弾き続けているのか、腕の衰えを感じさせない。
さらに数曲を奏でて十神は一息ついた。
「ありがとうございます。小さい頃を思い出して……。」
腐川はぱちぱちと小さな拍手を続けた。
「では最後の曲だ。」
多重の和音で始まるその曲で、雰囲気ががらりと変わった。
(……ラフマニノフだ)
ピアノ協奏曲第二番。古い映画などで確かに覚えのある曲だ。十度の和音を難なく弾きこなす十神の長い指。それだけは小学生に習得できる技では無かった。技巧だけではない。最後の一曲は大人の曲であった。
この曲を聴くと必ず情事が成立する、という一節が腐川の頭をよぎった。昭和の女流作家の手による一節であった。女主人公の一人は、その後秘めたる恋に落ちるのだ。
十神はその由来を知ってか知らずか優雅に演奏を続ける。腐川は耳まで紅くして顔を伏せている。
腐川は気が付いてしまった。監禁生活に秘められた蜜の味に。何もかも想い人に従う歪んだ悦びに。
「図書室に戻るぞ」
演奏を終えた十神が命じるまで、その動悸は収まらなかった。
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