腐川軟禁-待降節を過ごす密やかな25の話-
クリスマスまでの毎日を少し退廃的に過ごす十神と腐川の二十五日間。 ショートストーリーを一日一本公開予定です。
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お飲みなさい
以前は好きな時に書き、好きな時に眠り、つい食べることも忘れる程の不摂生をすることもあった。今は、十神の指示で朝九時から一日執筆をすることになった。決まった時間に食事を差し入れされる。
図書室の小さな書斎から出る自由は、腐川には無い。
そして監禁一日目の夕方になった。
十神は二日間腐川の新作を読んでいない。続きが気になるが、執筆活動において腐川を急かしても仕方がない。先日オレンジと引き替えに受け取った原稿の束を読み返して暇をつぶしていた。
「白夜様……」
天の岩戸が開くように、書庫の扉が軋んで開いた。腐川の顔が心なしか元気がない。
「どうかしたのか」
「申し訳ありません。今日は……進みが悪くて。」
腐川が手渡したのは、十枚程度の原稿用紙の束だった。通常なら筆の早い腐川は、一日書けばたっぷり数十枚の原稿用紙を綴って十神に渡す。十神は、監禁状態が腐川の不調を呼んだのかと眉を顰めた。
「ああ、あの、あたしがいけないんです。今書いているお話の、その……」
「……確かにお前が書いている話は推理小説だ。殺人事件は欠かせない要素の一つだ。……あのことが、尾を引いて書けないのか?」
腐川が十神に提供しているのは、推理小説であった。腐川冬子は恋愛小説を得意とする作家だが、そのリアルな筆致と構成力には定評があり、臨場感あふれる希代のミステリを生みだしていたのだ。
十神の口調は普段通りであったが、決して責め立ててはいなかった。
「あの……いえ、知識が足りなくて。百科事典で調べたりしたのですけど。」
「何だ?」
「小説の中で使う、ど、毒の症状が解らないのです。致死量や種別は解るのですが。」
腐川は指先を弄びながら辿々しく言った。
十神はそれを聞いて内心安堵していた。腐川の不調は監禁生活でも裏人格に怯えているからでも無かった。そして十神は口角を上げクククと笑い、椅子から立ち上がり扉に向かった。
「何をしている。さっさと来い。」
指先で腐川を呼ぶ仕草をした。立ち居振る舞いが一一気障に決まる。
「あ?え?あの、白夜様……」
「こういう時は実地で知るに限るだろう?」
「実地でってまさかぁぁぁ!毒を呷れと!?」
「愚か者が。黙ってついて来るんだ」
大股で廊下を歩き出す十神の背中を腐川は小走りで追いかける。
「……化学室?」
四階の奥に化学室がある。中央の棚には実験に使用する各種薬品が揃っている。その一角に、物騒なラベルの貼られた瓶が並ぶ棚があった。棚には鍵が掛けられている。
「それが青酸カリ。その隣が砒素。トリカブト。此処はどうも古臭い毒が多くて困るな。」
鼻歌でも歌いそうな機嫌で、十神は戸棚の瓶を一つずつ指をさす。
「必要は知識は何だ?無機物か?有機物か?有機化合物であれば、合成物か生物由来のものか?」
「あの……白夜様はどうしてその……このような知識をお持ちなのですか?」
腐川は必要以上に毒物に関する知識が豊かな十神を畏れた。それも、実に愉しそうに解説をする。
「ああ、最初は必要に迫られて、だ。一応その手の国家試験も受けたが……正式に資格が発生するのは、俺が十八になってからだな。」
「必要……」
腐川は察しがついた。十神一族の苛烈な後継者争いの中、身を守る知識として必要だったのだろう、と。
「それで?どの毒の症状が知りたい?」
子供のような悪戯っぽい表情で十神は尋ねる。腐川は、戸惑いながら小説に出す毒薬の名を挙げる。ああ、それならこれだ……と滔滔と語った。
「ありがとうございます!も、もう大丈夫です。」
「そうか?では執筆に戻れ。」
「はい。」
腐川は数分にわたる十神の解説で充分な知識を得、十神の指示で図書室に戻った。今は十神の指示無しでは、一挙手一投足何一つ腐川の意志で行うことが出来ないのだ。奇妙でアンバランスな関係であった。
腐川が書斎に籠ると、十神は図書室を抜け出し食堂へ向かった。腐川に決まった時間に食事を与えるために。
小一時間後、腐川は小説を章の区切りまで書き上げていた。丁度十神も食事を手に図書室に戻ってきていた。
「びゃ、びゃくやさま、これ!これは……」
「遠慮せずに食べろ、いや、飲め……だな。」
十神が用意したのはバタ付トーストとその隣にある茶色の瓶。これではまるで毒薬ではないか。腐川は恐る恐る瓶の中身をカップに移し、一口飲んだ。甘いフルーツの風味が広がる。様々な果実が入った甘いスープだった。
「あ……アリス!不思議の国のアリスだ!『DRINK ME』の薬!」
「良く解ったな。毒は盛っていないから安心して食べろ」
「さくらんぼ入りタルト、カスタード。パイナップル、ローストターキー。タッフィーに……それにあつあつのバタ付トースト!」
腐川は物語の一文を諳んじた。二人の間で暫く途絶えていた、小説に因んだメニュー当てが戻ってきたのだ。
辛いこともスランプも忘れて、腐川は安堵することが出来た。この三日、ずっと息を潜めて暮らしていた腐川は、今やっと息をすることを思い出したのだ。
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