腐川軟禁-待降節を過ごす密やかな25の話-
クリスマスまでの毎日を少し退廃的に過ごす十神と腐川の二十五日間。 ショートストーリーを一日一本公開予定です。
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告白
「立て。歩け。自分の足で。」
十神は青い顔でくず折れそうになる腐川の片腕を掴み引き起こした。相手がどんな弱者でも強者でも十神の態度は一貫して変わらない。誰であろうと十神の前に立つ者は、敵か、十神に従う者のどちらかなのだ。
十神は今の腐川を敵ではないと見なした。だからどんな事情があろうと容赦はしない。
しかし、唇まで青ざめ震える腐川が、絞り出すように出した声に十神は立ち止まった。
「……怖、い……」
それはそうだろう、と十神は思った。書庫で気を失った腐川は目覚めた途端豹変し、自分は殺人鬼だと名乗った。十神と対峙し、手に掛けようとした処でいつもの腐川に戻った。その間の記憶は無いらしい。自己のコントロールが出来ず剰え殺人を犯しているなど。
「……へ、部屋に帰る、のは……み、みん、皆の所に帰るのは…ぃ……ゃ」
そう言って頭を抱えまたしゃがみ込んだ。
途方に暮れた十神は、通り過ぎた扉の前に戻った。ドアノブを捻り、鍵が開いていることを確認して言った。
「腐川、此方に来い」
手招きをする十神に引き寄せられるように腐川はふらふらと従った。その先は、保健室。校舎一階の一角で、この学園では病院代わりの場所である。寄宿舎の腐川の部屋の前まで彼女を引っ張っていくよりは、保健室に放り込んだ方がましだと十神は考えた。真夜中とはいえ、誰にも出くわさない訳ではない。
「今夜は此処で寝るんだな。」
保健室のベッドを指し示した。
「……」
「……眠るどころでは無さそうだな?」
室内に入ったものの、立ちつくす腐川を見やって問うた。
「まあいい。そこに座れ。」
十神はそこで、腐川から長い長い打ち明け話を聞いた。
解離性同一性障害。
俗に言う二重人格である。
少女時代の常軌を逸した抑圧から、彼女が自身の心を護るために陥った症状。第二の人格はおぞましい快楽殺人鬼であった。そこに至る経緯を辿々しく腐川は話した。
幼少時のネグレクトに思春期のいじめ。一つ一つの出来事は、十神からすれば取るに足らない話である。毒を盛られたわけでも、決定的な命の危険に晒されたわけでもない。この場合は十神の幼少時が特殊だったのだが、しかし十神はじっと話を聞いていた。それは、随分長い時間であったが、十神は微動だにせず腕組みで真っ直ぐ立っていた。
「……あ、貴方にだけは知られたくなかった。」
そしてベッドに腰掛けた腐川はまた顔を覆って泣いた。
「もう……お側に、い、い、居られません」
すすり泣き混じりの消え入るような声で訴えた。
「何故だ」
「……え?」
問いただす十神に、腐川は思わず顔を上げ、一瞬狐に摘まれたような表情になる。
「何故だと聞いている。」
「そ、れは……あたしが、貴方を殺そうとしたから……」
その事実を口にしたことが辛くてまた泣いた。
「それがどうした。俺を殺そうとしたのは、お前で大体五十人目位……だな。まぁ、よくあることだ。」
「え……?」
「十神家の跡取りを見くびるなよ。そんなことは幼少時より日常茶飯事だ。いちいち気に病んでいられるか!」
それは、腐川が今まで生きてきた中でもとびきり斜め上の反応だった。殺人鬼の正体を打ち明けたのは、初めてのことであった。しかし、自分の裏人格に対する世間や周囲の人間の、眉を顰める反応は嫌と言うほど目にしてきた。その度に遣りきれない思いを抱え込んできたのに、この人は。
「それに、だ。」
十神は厭らしく口角を上げて笑った。
「俺は奴に不覚をとっている。この借りは倍以上にして返さねば納まりがつかん。」
喉元に凶器を突きつけられたこと、それ以上に一瞬観念してしまった自分が、口惜しく許せなかった。十神白夜はそういう男であった。
「だから、お前は今まで通りだ。またアイツが気まぐれを起こして出てくる可能性もある。」
そう言ってから十神はさらに腐川を追い込んだ。
「執筆活動は続けろ。バックアップは惜しまん。これは、契約だ。そうだろう?」
「は、はい……」
腐川は力無く答える。
「ただ、ただ不安なんです。また私の知らない時にあいつが出てきて……誰かを……」
その声はまた震えている。震える声は、誘い水のように十神の耳を快く擽る。十神は腐川の言葉を遮り告げた。
「明日から終日俺の監視の下で暮らせ。」
「……!!」
「お前の最後の自由時間は、今日一日だ。まずは、全て忘れてゆっくり休め。」
腐川に選択の余地は欠片も与えられなかった。
腐川は戸惑いを隠せぬまま、小さな声でおやすみなさいと言って保健室のカーテンを引き奥に引っ込んだ。帳の向こうから微かな寝息が聞こえたのを確認して、やっと十神は腕組みを解き保健室を出た。
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