腐川軟禁-待降節を過ごす密やかな25の話-
クリスマスまでの毎日を少し退廃的に過ごす十神と腐川の二十五日間。 ショートストーリーを一日一本公開予定です。
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ジェノサイダー登場
「腐川……!おい、腐川、しっかりしろ」
十神は足下に横たわる腐川の肩をそっと揺する。恋人でもない女性の体に触れる非礼を詫びようにも、相手は意識がない。
十神白夜の蔵書は毒が強すぎた。未解決の、連続猟奇殺人事件のファイルを腐川に見せた途端、腐川は顔面蒼白になり糸が切れたように気絶した。
十神は元より腐川を苛むつもりは無く、一寸したイタズラ心と今書いている話の参考にでもなるかという軽い気持ちからだった。
「あらら~?ラッキー!イケメンメガネ!」
不意に、奇妙な声がした。その部屋には十神と腐川の二人きり。声の主は腐川以外あり得ない。しかし、その声は頭のてっぺんから出ているかのようにあまりに奇妙で蓮っ葉で、常軌を逸していた。十神は気を失った腐川を二度見した。
「ラッキーついでに、ラッキースケベといこうかしらン!ちょ、ちょ、眼鏡外しなさいよぉぉー!」
勢いよく上体を起こし無遠慮に眼鏡のメタルフレームに手を掛けようとするところで、十神は反射的に身を引いた。同時に身に付けた護身術が発動し伸ばした手を払った。
じりじりと腐川から離れ、腐川が執筆する机を挟んで距離を取った。相手の出方によっては応戦できる構えを取った。二人の間に緊張が走る。
十神はまじまじと相手を見つめる。目の前の人間は腐川に違いないのだが、その眼は爛々と紅く光り、焦点が合っていない。狂気を帯びた目は、特有の吊り上がった目をしている。口は狐のように裂け、舌が有り得ないほど長く伸びている。違う。この女は、腐川ではない。
緊迫した空気を破ったのは、その女。
「へええ。そんな甘くはないってわけね。」
「……貴様、何者だ」
十神は多少武術の心得がある。敵対勢力に狙われても自身を守る程度の術は体得している。それ故に解ってしまう。相手の腕が立つことを。
「誰だって、いいじゃーん?つか、知ってんでしょ、アタシのこと。」
「知らん!少なくとも、俺が知っている腐川ではない。」
「あー?ああ、ああ、あの根暗のことねン。OK把握。つか、一緒にすんなっつーの」
腐川のような女は、肩をすくめてやれやれと言わんばかりにジェスチャーした。
「アタシはさ、これでもちょっとした通り名があんのよ」
「知らんな」
「知らないとは言わせねーよ!このイケメンがぁぁ!」
そして足下に転がる、あのファイルを踏みつける。だん、と音がして十神は身構えた。
「んなモン後生大事に取っとくもんじゃねーだろがオイ、イケメン!」
その女は立てた親指を下に向ける。指さすのは足下。足の下には、十神のコレクションである未解決事件ファイル。
「教えてやるよ、イケメン!アタシこそがアンタの大好きな、ジェノサイダー翔だよッ!ゲラゲラゲラゲラ!」
「……っ!」
突然の告白に、十神は愕然とした。思いも寄らぬ所から、かの猟奇連続殺人事件の、殺人鬼が現れたのだ。十神が興味をそそられ、事件を追ってきた殺人鬼。それは、皮肉にもクラスメートの女だった。
多重のショックを受け、臨戦態勢だった十神白夜に隙が生まれる。少し青ざめた十神を殺人鬼は見逃さなかった。
信じられない跳躍力で机を飛び越え、ふわりと十神のすぐ目の前に降り立つ。どこから出したのか、鋭利な鋏が十神の喉笛に突きつけられる。ひやりとした切っ先の感触で十神はやっと我に返った。それは紛れもなく事件ファイルに載っていた凶器そのものであった。
数秒、数分、十神の凍り付いた時間はもっと長い時間に感じられたが、ほんの一、二秒の出来事であった。
「殺っていーい?」
とっておきの菓子を食べても良いかと聞く子供のように、その女はあどけなく笑う。十神は追いつめられた状況に、一瞬観念した。
次の瞬間、女の挙動が怪しくなる。
「ふぁ、ふぁあ……な、何でこんな時に……ふぁっ」
しきりと鼻の頭をこすり始めたかと思うと、大きなくしゃみを一つした。十神の顔に盛大に唾が飛ぶ。十神は顔を背ける。気を殺がれた十神が顔をしかめて再び女を見返すと、そこにいるのは。
「あ、あ、ああぁ……これは……」
怯えた目に震える声。紅くぎらついていた狂気の目は、灰褐色の澄んだ瞳に戻っていた。
「腐川……」
腐川の小刻みに震える指を、十神は一本一本ほどきその鋏を離した。凶器が指から離れた瞬間、腐川は全てを悟ったらしい。
「嫌ぁあああああああああ!」
十神が聞いたこともない悲痛な金切り声を上げその場にしゃがみ込んだ。そして、大きな瞳からほろほろ涙を流して止めどなく泣き始めた。
なりふり構わず泣き続ける腐川。
沈痛な面もちで立ち尽くす十神。
本の虫同士の密やかで無邪気な日々は終わり、昨日とはまるで違う長い夜が訪れた。
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