腐川軟禁-待降節を過ごす密やかな25の話-
クリスマスまでの毎日を少し退廃的に過ごす十神と腐川の二十五日間。 ショートストーリーを一日一本公開予定です。
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オレンジは血の匂い
「『点子ちゃんとアントン』ですね!夜の盛り場で主人公が頼むところ!」
「正解だ。」
「これから何か事件が起きそうだな、ってあの場面はドキドキするんです。」
腐川は執筆活動の傍ら、十神白夜が過去読んできた物語を虫干しするように披露してくれるのが楽しみで仕方がない。読書好きな少年を思わせる趣味の良いチョイスに腐川は驚く。もっと物騒な、ミステリやホラー小説でも読んでいるのかと思い尋ねると、後継者候補になってからは作り話は一切読まなくなったと十神は言う。そのチョイスから、幼少時の健全で良質な生育環境が見て取れた。
「では後継者候補になってからはどんな物を?」
「周囲に要求されるスキルを備えるために、必要な書物だけだ。ビジネス、経済、各種外国語の素養を培うための。」
「……何か、趣味の読み物は無かったのですか?」
腐川はさらに問うた。目の前の想い人が、実用書から脱却し、フィクション中のフィクションである自分の小説を心待ちにする理由が知りたかった。
「……ある、と言えばある。」
十神は自嘲気味に口を歪めて微笑った。何かを企むかのような不敵な笑みだった。オレンジを一房口に放り込んで暫く考えた後言葉をつづけた。
「俺がシェルターに籠る時、貴重な蔵書を持ち込んで十神の家の書斎を再現した。それがこの部屋だ。十神家に役に立つ資料もあれば、直接関係ない未解決事件ファイルもある。強いて言うならこの部屋全てが、俺の趣味で出来た部屋だ。」
腐川はそうだった、と合点がいくと同時に背筋が寒くなった。今、十神は未解決事件ファイルと言ったのか。
「それは……その」
腐川は皿を持つ手が震えた。所在無くフォークでオレンジをつつき口に運ぶ。甘ったるいクリームに慣れた舌に強い酸味の刺激が走る。
「見てみるか?ほらそこの、黒いファイルを取ってみろ。」
十神は暢気に、無造作に積まれたファイルの一番上を指さす。確かに黒い厚紙と綴じ紐で綴られたファイルがあった。腐川は椅子から立ち上がり恐る恐る手を伸ばす。
「おっと、その脇のファイルに触るな。三十年前の某国大統領殺人事件に関わる関係者のリストだ。只の市井の人間が覗いたら、さすがの俺も命の保証はしかねる。」
「え?え?そ、そんな……」
十神のからかい半分の脅しに、腐川は怯えて手元が狂った。
狂った手元が一番上のファイルにぶつかり、バサバサと山が崩れ、該当のファイルは床に落ち無防備にも中味を曝け出した。そこには……
――ああ、ああ、白夜様と二人、子供の頃の読書の話をしていたのに。何より幸せな時間だったのに。どうしてこうなったのだろう。どうしてあんなことを聞いてしまったんだろう。どうして、あれを見てしまったんだろう。
腐川はその瞬間のことを、後から何度も思い出しては悔やんだ。それまで内向的な言動で韜晦してきた秘密と。人嫌いで通して蓋をしてきた感情と。目の前で向き合うことになってしまったのだ。
腐川の足元に無造作に開かれた、凄惨な事件ファイルがあった。どのページにも惨殺された男性の写真が。狂気の鋏の写真が。壁に乱暴に書かれた文字の現場写真がファイリングされていた。現場に残された文字は、『チミドロフィーバー』……
腐川は起き抜けの貧血の様に気が遠くなり、青白い顔に十神が気付いた瞬間、音を立てて床に倒れ込んでいた。
十神が驚いて駆け寄る。刺激的な写真に衝撃を受けたのかと。おい、腐川、しっかりしろ、と声を掛ける。腐川は紙の様に真っ白な顔をしたまま、ぴくりとも動かない。
夜半を回り、日付が変わろうとしていた――。
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