腐川軟禁-待降節を過ごす密やかな25の話-
クリスマスまでの毎日を少し退廃的に過ごす十神と腐川の二十五日間。 ショートストーリーを一日一本公開予定です。
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タンの味
腐川が消えた。
閉じた書斎から腐川の姿が消えた。
「迂闊な……」
十神はよくある古い手に填められたことに気付き、己の無防備さを恥じた。そして数秒思考を巡らせて、腐川消失の謎を解こうとした。
ある方向に観客の気を引かせ、一方でタネを仕掛ける。奇術の基本中の基本だ。おそらく、図書室前の廊下で起きた騒動は、十神のために仕掛けられた、十神の気を逸らすための事件なのだ。
(何故ならば)
巻き込まれた葉隠は、ジェノサイダー翔の事件さながらに磔にされていた。怪我こそ負わなかったものの、その現場を知る者だけに解る符号であった。
そこで何が起きたかは大体想像がついた。只解らないのは、何故そうなったか、腐川は何処に行ったのか、であった。
(腐川、何処に居る?)
十神は、図書室を飛び出し寄宿舎に戻った。腐川の自室を訪ねたが、気配は無かった。
次に学園中を探し回った。一階から五階まで、腐川と過ごした数々の特別教室を巡った。しかしどこにも姿は見あたらなかった。途中何人かのクラスメートとすれ違ったが、いずれも不思議そうな顔で十神をちらと見るばかりで、腐川の居所を知っていそうになかった。
十神は腐川を捜索しながらも今の状況を冷静に分析していた。
二人きりで過ごすこと三週間。腐川の行動を十神の管理下に置いて十日程経った。その生活の中身は、誰も知らない。口さがないことを言う者もあったが、それは真実ではなかったし十神も耳を貸さなかった。
(しかし、この状況下では。)
十神ただ一人に嫌疑が掛けられるであろうことは明白であった。
こんなにも只純粋に、書く者と読む者の健全な関係を築いていたのに。同級生女子の束縛という歪んだ行動だからこそ、十神は節度を保ち腐川に接してきた。それがどんなに魅力的な果実に見えても、十神が腐川にある種のニュアンスをもって触れることは一切無かった。
監禁生活を始めた理由の一つに、ジェノサイダー翔の監視もあった。理由、と言うよりは言い訳である。ジェノサイダーは気まぐれに十神の前に現れたが、危害を加えるようなことはしなかった。十神はプロファイルし続けてきた殺人鬼の本質を理解したかったのだ。
二人の腐川を憎からず思い始めた矢先の事件である。
だから、十神は自力で腐川を探さねばならない。
腐川を見つけ、何事もなかったように日常に戻らねばならない。あの推理小説の続きだって、まだ読んでいないのだ。こんな時に小説のことなど、と十神は自嘲した。皮肉にも腐川の書いた推理小説は、全ての手掛かりが出そろって、探偵役の主人公が解決をしようというシーンで途切れていた。
学園中を隅から隅まで、準備室や倉庫、寄宿舎の今は使っていない二階も探し回ったが、腐川の姿は何処にも無かった。
腐川との朝食以来何も口にしていなかったことを思い出し、十神は夜更けに缶詰のコールド・タンを一つ開けた。腐川が居たなら、もう少し気の利いた食事でも調達するところだがそんな気になれなかった。それは、只のエネルギー補給のための『作業』であった。味など何も解らずひどいものだった。
『私、一生タンは食べないわ』
アガサ・クリスティの推理小説のヒロインの台詞が十神の頭をよぎった。
長い夜は明けて、朝になった。
十神は憔悴した面持ちで皆が集まる朝食会の食堂に向かった。一同は、朝食会に訪れた珍客に驚いている。
「十神クン、……珍しいね。こっちに座りなよ」
苗木がさりげなく側の席を勧めた。苗木が生み出す柔らかい空気に十神は少し安堵した。そして、己の意地とプライドを捨て、覚悟を決めて告白をした。
「腐川が、消えた。……頼む。腐川を捜してくれ。」
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